チャバネアオカメムシの巧妙な精子移送システム
 −精子はマイクロマシンに助けられ−


 チャバネアオカメムシは通常の昆虫と同じように、成熟した雄は交尾により雌の生殖器官に精子を送り込み、雌は産卵時の受精に備えてこれを受精嚢に蓄えます。この一見単純な過程が精密なマイクロマシンとも考えられる装置(器官)とその巧妙な働きによって行われます。そこで雌雄の関連器官の構造とその働きをよく見て下さい。 

【 雌の器官 】
 雌の受精嚢(Spermatheca)は雄からの精子を受け取り、一定期間活力を保ったまま保存します。また、産卵時に精子(Semens)をタイミング良く送り出し、卵に受精する役目を持ちます。受精嚢には雄の付属腺分泌液を受け取る巨大な球形の交接嚢(Bucal Sac)が付属しています。第1図にその構造を示しました。その中心には分泌液の出入りを制御する巨大な中空のキチン化した針が貫いています。この針はニードルストッパーの役割を持ちます。その先端から輸精管となるチュ−ブを形成し、受精嚢につながります(第2図)。交接嚢はさらに毛細気管をともなった薄い膜で包まれます。交接嚢を通過してきたチュ−ブの先端には受精嚢があります。第一室は中空の細い管で、後には透明で可塑的な部分があります。第二室は繊毛状のフイルタ−を入り口に備え、精子の出入りを制御します。その先は枝分かれした大きなきのこ状の精子を保存する部屋で、その中央部に精子の入り口があります。第一室と第二室の前端はキチン化して鍔状となっています。この部分は強力な筋肉で連結され、第一室を伸縮させることによって精子の出入りを制御するエネルギ−源となります。受精嚢は多数の筋肉に囲まれ、キチン化した本体をそのままでは見ることが出来ません。



【 雄の器官 】
 雄の器官は精子を作り出す一対の精巣(Testes)、作られた精子を運ぶ輸精管VasaDefrentia,Seminal Duct)、精子を受け取り一時的に保持する役目の貯精嚢(Seminal vesicles)、精子とともに雌に送る分泌液を生産する巨大な中胚葉性分泌腺(Mesadenia,Election Fluid Reservor)、雌の性器と結合する交尾器(Genitalia)から成り立っています。第3図にその概要を示します。貯精嚢と交尾器は精子と付属腺の分泌液を分離したまま送る事の出来るダブルチューブ構造を持つ管で連結されます。第4図に示すように、交尾器は約2mmの長さのキチン化した器官であり、尾端節(Genital Capsuel)(第9節)内にあります。筋肉を付属した移送ポンプ(Erection Fluid Pump)と輸精管、厚い層状の構造を持つ強靭な囲周膜(Phallus)、内部ポンプ(Inner Pump)、把握器(Aedeagus)、射精管(Ejaculatory Duct)等から構成され複雑な構造を持っています。内部ポンプの構造をさらに詳しく見たものが第5図です。ポンプ内部は薄い膜によって連続したいくつかの室に分かれています。ポンプの側面は薄い膜で出来ており、囲周膜内部の液体の圧力によってふいごのような働きをします。ポンプの下部には分泌液を吸い込む一対の孔があり、内部の第一室につながっています。第二室の先端には射精管との境に弁があり逆流を防ぎます。また内部ポンプの下面には輸精管を導入する開口部があり、射精管内に輸精管を導いています。輸精管は移送ポンプの側面を通過し、囲周膜内に入ります。その周囲は薄膜で保護され、その薄膜は先端がキチン化してフックとなり、開口部に固定されています。輸精管は通常射精管の先端にまで達しています。



【 交尾のプロセス 】
1.雌雄の行動:フェロモン、餌等の条件によって雄と雌が一定距離に近ずくと、雄は雌の尾端を触角で接触し、雌が尾端を上方に上げるのを待ちます。その後雄は反転して尾端を上げながら後進し、交尾器の結合を行います。
2.接触後のプロセス 
1)雄交尾器先端のへら状の一対のキチン化した突起が雌の陰具基節にある凹部に挿入されます。
2)雄の移送ポンプが始動して付属腺からの膨張液ががへら状部に入り込み、先端部を押し広げ囲周膜内に収納されていた膜を水圧によって拡張し、特定の型を作り、雌の交尾器との結合を固めます。
3)圧力が高まると膨張液が内部ポンプの底にある一対の孔からポンプ内に吸い込まれます。さらに圧力が高まると射精管との境界にある弁が開いて、分泌液は雄の射精管を通って雌の交接嚢方向に流れます。
4)雌の交接嚢が萎縮している状態ではニードルストッパーははずれているので、液は嚢内に流れ込みます。分泌液が充満し交接嚢が球形になると自動的にニードルストッパーが開口部を閉じます。
5)開口部がニードルストッパーによって遮られるため、膨張液の圧力が高まり、内部ポンプ下部から射精管内に入り込んでいる輸精管が伸びて前進し、射精管から雌のチューブに入り、雌の交接嚢入り口に到達します(メカニズム不明)。移送ポンプのスイッチ弁が開き、精子がチューブを通ってニードルストッパーの先端に到達します。
6)精子はニードルストッパーの内部管を通り、受精嚢第一室に到達します。第一室と第二室との境界にある繊毛状のフイルターの中心から第二室に入り、保存されます。精子は圧力が加わらない限り逆流はしません。 
7)精子の移送が完了して移送ポンプの活動が止まると、交尾器先端のへら状膨張部が収縮し、結合が弱くなり交尾は完了します。


【 産卵時の精子の動き 】
 受精嚢の先端部に保存されている精子は、産卵が近づくと受精嚢と第二室の境にある繊毛でおおわれた孔が周囲の筋肉の力によって開き、第一室を通って交接嚢のニードルストッパーを通る輸精管に入ります。その先端は膣に開口するチューブに連結され(メカニズム不明)、精子は膣内に入ります。膣内に下降してきた卵は全面を透明な粘液によって包まれており、精子はその中に入り込みます。精子は卵の上面周辺に並ぶ網目状の多数の孔を持つ精孔(Aeropyles,Micropyles)から卵内に入ります。一連の精子の動きは圧力などによる他動的なものではなく、運動による自動的なものです。