寄生蜂研究の面白さと難しさ

 1978年6月、ミカンワタカイガラ(カメノコカイガラ)の天敵を調査中に、ツヤコバチに属する寄生蜂が多数採集された。その間吸引粘着トラップによる調査でも、この蜂の活動が記録された。顕微鏡による詳しい観察の結果、形態的にはCoccophagus属に近いと思われたが、不明であったので立川教授に標本を送って同定を依頼した。ところが9月になってルビ−ロウムシ寄生蜂を採集中に、同種と思われる蜂が多数発見された。そこでさらに詳しく調査をした結果、この蜂はAneristus属であろうと判断した。Aneristus属の寄生蜂は我が国では報告されていないが、ロウムシ類、その他種々のカイガラムシ類に寄生することが古くから知られ、生物防除に利用する試みも何回かされている。
 この属の寄生蜂に関して興味深い経過がある。1939年第6回の環太平洋国際昆虫学会で石井博士は日本の天敵研究の現状について説明し、その中でルビ−ロウムシに対する天敵導入を1932〜1938年にかけて行った。導入はハワイ及びカリフォルニアから4種 Aneristus ceroplastae,Microterys kotinsky,Tomocera californica,Scutellista cyanea等はいずれも定着に失敗したと述べている。その後ルビーアカヤドリコバチの研究を開始した当初の安松博士の論文(1945)でも博士はこのことに触れ、土着天敵探索の結果を報告しているが、そのとき発見された寄生蜂は次のようなものであるとしている。Aphytis sp.,Coccophagus hawaiensis,Casca sp.Microterys speciosus,Microterys okitsuensis,Anabrolepis bifasciatus,Anabrolepis extranea,Aneicetus annulatus. 従ってその当時のルビーロウムシにAneristus 属の寄生はなかったとされた。同時に安松博士は天敵の探索のためにミクロネシア調査を実行し、その結果としてミクロネシアのカイガラムシ有力天敵の一つとしてAneristus ceroplastaeの名をあげている。1950年代以後この属の寄生蜂の名はロウムシやその他のカイガラムシの天敵として世界の数カ所から報告された程度で、応用的に取り上げられたことはないようである。その寄生蜂が1978年になって口之津で発見されたもので、その由来は全く不明であるが、1932〜1938年の石井博士による放飼が長崎県下で行われた事実を考えあわせると寄生蜂の調査がいかに難しいものであるかがわかる。