中国における初期の生物農薬生産体制

 私と梅川氏が中国における天敵利用技術の視察に出かけたのは1987年でした。当時中国は人民公社が廃止され、農業において国営農場から解放された生産者の生産意欲が大いに盛り上がりつつある時期であった。見学の最初の場所は北京の農業科学院生物防治研究所であり、ここで全般的な解説を受けた。当時中国では施設農業はなく、野外での利用が主なものであった。生物防除素材を生産する現場、使用する現場を見ることはタイミングの関係もあり困難であった。我々の視察では幸い武漢におけるBt剤の製造工場、広州におけるキイロタマゴバチの大量生産が稼働中であり、現場での使用状況も見ることが出来た。唯、ボーベリアの生産、使用については説明のみで、現場での見学は出来なかった。

 キイロタマゴバチ:人民公社が崩壊する1980年代以前にも、中国ではメイガの防除にはキイロタマゴバチが大々的に使用されていたことは有名である。その後1990年代には殺虫剤の普及で使用が減少したが、サトウキビ・トウモロコシ・コーリャンの生産現場での必要性は減少していない。全国的に組織されたキイロタマゴバチの生産システムは維持されています。技術的には2000年代に入り、寄主(サクサンの卵)の一部が人工卵に置き換えられ、工場生産されるようになったが、経済効率を重視する現在では安定した供給源となっていない。現在も1900年代の方式が踏襲されているのが現実である。

キイロタマゴバチの寄主としてサクサン雌を
低温保存している
キイロタマゴバチの羽化器をサトウキビの葉に付ける
Bt剤の培養タンク ポリタンクに入れられた製品